分析報告書に ND と書かれていた。含有率の欄に 0 と入れてよいか。この質問は、chemSHERPA入力の場面で繰り返し出てきます。
答えの前に、ND が何を意味しているかを押さえる必要があります。ND は not detected の略で、その分析方法とその試料の条件では検出されなかった、という意味です。存在しないことの証明ではありません。
ND と 0 は何が違うのか
| 表記 | 意味 | 言えること | 言えないこと |
|---|---|---|---|
| ND(不検出) | その分析方法・その試料では検出されなかった | 検出限界を上回る量では入っていない | まったく入っていない、とは言えない |
| < 5 ppm | 検出限界が5 ppmで、それ未満だった | 5 ppm未満であること | 0 か 4 ppm かは区別できない |
| 0 | 含有していない | 意図的に添加しておらず、不純物としても入らないと判断した | 分析だけを根拠には言えない |
検出限界は固定値ではありません。分析方法、前処理、試料の量、マトリクス(試料の母材)によって変わります。同じ物質でも、樹脂中とめっき層中では検出限界が違うことがあります。
だから「ND」という3文字だけを受け取っても、それがどのくらいの精度での ND なのかが分かりません。0.001%まで見て見えなかったのか、0.05%までしか見ていないのかで、意味がまるで違います。
原料に入れていなくても入ることがある
意図的に添加していないのに微量が検出される、という現象は珍しくありません。原因はおおむね2つです。
1つは鉱石由来です。金属は鉱石から精錬されるので、鉱石に随伴する元素が微量残ることがあります。亜鉛鉱石にカドミウムが随伴するのはよく知られた例です。
もう1つは再生原料由来です。二次合金(再生地金)は市中のスクラップを溶解して作ります。スクラップの素性は完全には追えません。かつて鉛入りの黄銅だったもの、めっきが付いたままの鋼材、そういったものが混ざれば、微量の制限物質が持ち込まれます。
| 経路 | 典型的な物質 | 起きやすい材料 | 実務での確認先 |
|---|---|---|---|
| 鉱石随伴 | カドミウム、鉛 | 亜鉛ダイカスト、銅合金 | 地金メーカーの分析証明 |
| 再生原料 | 鉛、臭素系難燃剤 | 二次アルミ合金、再生樹脂 | 材料グレードの規格値と実績範囲 |
| めっき浴の持ち込み | 六価クロム、カドミウム | 表面処理層 | めっき業者の浴管理記録 |
| 設備・治具からの移行 | 鉛、フタル酸エステル | 樹脂成形品、ゴム | 工程の使用材料一覧 |
| 副資材 | フタル酸エステル | ラベル、テープ、梱包接着剤 | 副資材メーカーへの調査 |
再生材の使用が増えると、この問題は増えます。循環利用と含有化学物質管理は、実務の現場では逆向きの圧力になります。
だから「原料に入れていないので0です」という回答は、それ単体では根拠になりません。鉱石に入っていることがあるからです。
含有率の欄に何を書くか
chemSHERPA-AIの成分情報では、物質を登録して含有率を入力します。ND だった場合の書き方は、何を根拠にしているかで変わります。
| 手元にある根拠 | 含有率の欄 | 併せて残す記録 |
|---|---|---|
| 分析報告書があり、検出限界が明記されている | 検出限界値未満であることを示す値、または該当物質を登録しない扱い | 報告書番号、分析方法、検出限界値、試料の部位 |
| 分析報告書はあるが検出限界の記載がない | 記載できる値がない。ラボに検出限界の開示を求める | 開示依頼の記録 |
| 材料メーカーの非含有証明のみ | 証明書の対象範囲に従う | 証明書の対象物質リストと版、発行日 |
| 意図的添加がないという自社判断のみ | 物質を登録しない場合、その判断根拠を社内に残す | 配合表、工程で使う副資材の一覧 |
どの行にも共通しているのは、数字そのものより「その数字が何に基づくか」を残しておく点です。監査や差戻しの場面で問われるのは、数字ではなく根拠です。
なお、chemSHERPAのツール上で具体的にどの値をどう入力するかは、ツールの版と入力様式に依存します。
未確認
ND の場合に含有率欄へ入力すべき値について、chemSHERPA V2R1.03.0 の入力マニュアルにおける明示的な指定を本稿執筆時点で確認できていません。ツールに付属する入力マニュアルと、取引先から指定された記入要領の両方を確認してください。
検出限界値を添えることの意味
報告書の検出限界値を回答に添えると、受け取る側の判断が変わります。
たとえば RoHS のカドミウムは 0.01 重量%(100 ppm)が閾値です。検出限界が 5 ppm の分析で ND なら、閾値の20分の1まで見て見えなかったことになります。これは強い根拠です。
一方、検出限界が 200 ppm の分析で ND だった場合、閾値の 100 ppm を上回る検出限界です。この ND は、カドミウムの閾値適合の根拠になりません。
| 物質 | RoHS閾値 | 分析の検出限界(想定) | この ND で言えること |
|---|---|---|---|
| カドミウム | 100 ppm | 5 ppm | 閾値の20分の1まで見て不検出。根拠として十分 |
| カドミウム | 100 ppm | 200 ppm | 閾値より粗い。根拠にならない |
| 鉛 | 1,000 ppm | 50 ppm | 閾値の20分の1。根拠として十分 |
| 六価クロム | 1,000 ppm | 100 ppm(溶出法の想定) | 閾値の10分の1。方法の制約を併記する |
上の検出限界は説明のために置いた仮の数値です。実際の値は分析方法と試料によって変わるので、必ず自社が受け取った報告書の数字を見てください。
六価クロムのように、分析方法そのものに制約がある物質もあります。金属表面の六価クロムは溶出させて測る方法が使われ、結果の単位が µg/cm² になることがあります。重量%との換算が必要になり、そこでも分母の話が出てきます。分母の取り方は0.1%の分母は何か。均質材料の切り方にまとめました。
どこまで分析するか、という費用の話
すべてを分析すると費用が膨らみます。2026年9月時点で公開されている分析ラボの料金を並べます。いずれも税抜・1検体あたりで、納期や前処理条件によって変動します。
| 項目 | 三晃技研工業(eco分析.com) | JTC(rohs-eco.com) |
|---|---|---|
| RoHS 簡易 | 9,000円 | — |
| RoHS 4物質 | — | 15,000円 |
| RoHS 6物質 | 18,500円 | 20,000円 |
| RoHS 10物質 | 41,000円 | 46,000円 |
| SVHC 全項目 | 195,000円(253物質) | 240,000円(254物質) |
| フタル酸エステル | 3項目 24,000円/6項目 30,000円 | — |
| PFOS / PFOA | 各 25,000円 | 各 30,000円/併合 38,000円 |
| 納期 | 8〜10営業日 | 7〜9営業日(特急あり) |
RoHS10物質でおおむね4.1万円から4.6万円、SVHC全項目で19.5万円から24万円という水準です。部品点数が多い製品で全数を分析するのは現実的ではありません。
そのため実務では、分析はサプライヤーから情報が取れない部位、再生材を使っている部位、表面処理層など、混入の可能性が高いところに絞ります。相場の全体像は分析費用の相場(RoHS・SVHC・PFAS/2026年実勢)にまとめています。
「0」と書いてよい場合
書いてよい場合がないわけではありません。次の条件が揃えば、含有していないという扱いは成り立ちます。
- 配合表レベルで意図的添加がないことが確認できている
- 原料の素性が追えており、鉱石由来・再生原料由来の混入経路が想定されない
- 工程で使う副資材、離型剤、洗浄剤、治具、包装材まで確認済み
- 過去の分析実績があり、検出限界が閾値より十分低い
問題は、4つ目まで揃う部位が実際には多くないことです。特に3つ目の副資材は抜けやすい。ラベルの粘着層や、成形時の離型剤が原因で検出される事例は現場でよく聞きます。
条件が揃っていないのに 0 と書くと、後から分析で微量が出たときに、過去の回答をすべて訂正する事態になります。訂正の連絡はサプライチェーンを下流までさかのぼるので、負担が大きい。
不使用証明書との関係
ND の代わりに不使用証明書を求められることがあります。この2つは性質が違います。分析は事実の測定で、証明書は宣言です。
証明書を受け取る側として確認したいのは、対象物質の範囲と、根拠が何かという2点です。「RoHS対応品です」とだけ書かれた証明書は、10物質のどれを、どの単位で、どこまで見たのかが分かりません。書式と確認点は不使用証明書と非含有証明書の違い、そして書き方にまとめています。
分析と証明書のどちらを選ぶかは、部位ごとのリスクと費用で決めます。すべてを分析する必要はありませんし、すべてを証明書で済ませることもできません。判断の主体については遵法判断は誰がするのか、という最大の誤解のとおり、最終的に市場に出す事業者が負います。
分析報告書に「ND」としか書いていません。どうすればいいですか
分析を依頼したラボに、その項目の検出限界値と分析方法の開示を求めてください。通常は報告書に記載されているか、依頼すれば追記または別紙で出してもらえます。検出限界が分からない ND は、閾値適合の根拠として弱いままです。
再生材を使うと分析が必須になりますか
必須と定めた規定は確認できていません。ただし再生原料はロットごとに素性が変わるため、意図的添加がないという説明だけでは弱くなります。実務では、材料メーカーからロット単位の分析データを取るか、受入時に定期的な確認分析を行う運用を置く会社が多いです。
閾値の10分の1くらいで検出された場合、何を書きますか
検出された値をそのまま書きます。閾値未満であっても、含有していることは事実です。REACH第33条のように閾値超過で義務が発生する制度では判定に影響しませんが、下流の企業が組み立てたときに濃度が変わる可能性があるため、値を伝える意味があります。