2026年4月27日、欧州委員会のJessika Roswall環境担当委員が欧州議会のENVI委員会(環境・公衆衛生・食品安全委員会)で、現段階でREACH改正の立法案は提出しないと表明しました。
長く準備されてきたREACH本体の改正が、いったん動きを止めた形です。日本国内でも、ポリマー登録への対応を計画に織り込んでいた会社が少なくありません。その計画をどう扱うかが実務上の論点になります。
棚上げされたのは何か
表明で提出が見送られたのは、REACH本体の改正案に含まれるとされていた次の項目です。
| 項目 | 内容 | 想定されていた影響 |
|---|---|---|
| 登録の有効期間10年制 | 登録に有効期間を設け、定期的な更新を求める | 登録維持の作業が定期的に発生する |
| ポリマー登録義務化 | 現行で登録対象外のポリマーを登録対象に加える | 樹脂・コーティング材を扱う事業者の負担増 |
| 低トン数物質の情報要件拡大 | 年間1〜10トンなど少量帯の要求情報を増やす | 少量物質の輸出でも試験データが要る |
| MAF(混合配分係数)の導入 | 混合物の暴露評価に安全側の係数を掛ける | 化学品側の安全性評価のやり直し |
いずれも規模の大小を問わず影響が出る内容でした。とくにポリマー登録義務化は、樹脂材料・塗料・接着剤を経由して製造業の広い範囲に波及するため、日本の素材メーカーと商社が早い段階から情報収集を続けてきた項目です。
ポリマー登録が入らなかったことの意味
現行のREACHでは、ポリマーそのものは登録義務の対象外です。ポリマーを構成するモノマー等が一定の条件で登録対象になります。改正案ではここに手が入り、ポリマー自体を登録対象に加える方向が検討されていました。
これが見送られたことで、当面は現行の枠組みが続きます。実務上の意味は3つです。
- 樹脂グレードごとの登録準備という、件数の読めない作業がいったん発生しない。
- 欧州側の川下ユーザーから「このポリマーの登録予定は」と問われる場面が、当面は増えない。
- 登録費用の予算計上を、次の動きが見えるまで先送りできる。
ただし、これは「やらなくてよくなった」ではありません。次の項で書くとおり、棚上げは撤回ではないためです。
棚上げは撤回ではない
表明の内容は、現段階で立法案を提出しないというものです。改正の構想そのものが取り下げられたとは述べられていません。将来的に再提出される可能性は残ります。
準備を進めていた会社が取るべき現実的な扱いは、作業を捨てるのではなく凍結して保管することです。
| 資料 | 扱い | 理由 |
|---|---|---|
| 自社取扱ポリマーの一覧 | 保管して年1回更新 | 再提出時に最初から作り直すと数か月かかる |
| モノマー構成・仕入先の対応表 | 保管 | 再提出の有無にかかわらず調達リスク把握に使える |
| 外部コンサルへの委託契約 | 縮小・一時停止 | 立法案がない期間の月額費用は成果に結びつきにくい |
| 社内の予算計上 | 次年度から外す | 時期が読めない支出を毎年積むと説明できなくなる |
| 試験データの取得計画 | 凍結 | 要求内容が変わる可能性がある |
一覧表と対応表は、改正とは無関係に使えます。どの樹脂をどこから買っているかという情報は、SVHC追加時の影響調査でも、供給停止時の代替探索でも同じものを使います。
止まっていない手続きを取り違えない
社内で誤解が生まれやすいのがここです。棚上げになったのはREACH本体の改正であって、REACHの枠組みの中で動く個別の手続きは止まっていません。
| 手続き | 状況 | 実務への影響 |
|---|---|---|
| SVHC候補リストへの追加 | 継続。2026年9月時点で253エントリー | 追加のたびに第33条の情報伝達義務が発生 |
| Annex XVII(制限)の追加・改正 | 継続 | 特定用途での使用が禁止・制限される |
| Annex XIV(認可対象)の推奨 | 第12回推奨が2025年11月18日に確定 | メラミン、バリウムジボロンテトラオキシド、ジフェニル(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィンオキシド等4物質 |
| 六価クロムの制限手続き | 継続。採択は最良シナリオで2027年中 | 13物質群が対象。Annex XIV削除+Annex XVII導入の2法令方式 |
| PFAS制限提案 | 継続。SEAC最終意見と委員会への提出は2026年末見込み | 提案国5カ国、対象10,000物質超 |
候補リストの直近の動きは、第34次が2025年11月5日(DBDPE、n-Hexane)、第35次が2026年2月4日(Bisphenol AF及びその塩の2物質群)で、合計253エントリーになっています。従来は6月と12月から1月にかけての定期更新でしたが、この2回は例外的なタイミングでした。第36次は本記事の参照日時点で未公表です。
六価クロムについては、2023年9月29日の委員会要請から、2024年4月29日の対象追加、2025年4月11日のECHA制限提案公表、2025年6月18日から12月18日までのパブリックコンサルテーション、2025年8月19日の委員会Q&A更新と、手続きが段階を踏んで進んでいます。めっき工程を持つ事業者にとっては、REACH改正の棚上げよりこちらのほうが先に効きます。
つまり「REACH改正が止まったからREACH対応は落ち着く」という読み方は成り立ちません。日々の実務を動かしているのは候補リストとAnnex XVIIであって、本体改正ではないためです。REACHの全体像はREACH規則を実務目線でわかりやすくに、候補リストの現況はSVHC候補リストの最新状況にあります。次の追加時期の見通しはSVHC第36次はいつ来るのかを参照してください。
同じ時期に動いた、もう一つの見直し
REACH改正の棚上げと前後して、欧州委員会は2025年12月10日にEnvironmental Omnibusを採択・公表し、SCIPデータベースの廃止を提案しています。理由はリサイクル業者への情報提供に有効でないことと、企業への過大な行政負担。代替はDPP(デジタル製品パスポート)とされています。
方向としては共通しています。要求を積み増す改正は止まり、既存の負担を減らす方向の見直しが動いた、という並びです。SCIPのほうはSCIPデータベースが廃止されるかもしれないに書きました。
ただし、どちらも情報伝達義務そのものを消すものではありません。第33条は残ります。候補リスト収載物質を0.1重量%超で含む成形品をEU市場に供給する事業者には、引き続き情報伝達の義務があります。
社内の計画をどう書き直すか
改正を前提に作った年度計画がある場合、次のように書き換えると説明がつきます。
- 「REACH改正対応」という項目名をやめ、「候補リスト追加対応」「Annex XVII対応」に分ける。
- ポリマー登録の準備は、項目として残したうえで着手時期を「立法案の提出後」と条件付きにする。
- 予算は、改正対応の枠を削り、分析と情報収集の枠に振り替える。
項目名を制度名で書くと、制度が止まったときに計画ごと止まります。やることの名前で書いておくと、制度が変わっても計画が生き残ります。管理対象の決め方は自社は何を管理すればいいのか(対象範囲の決め方)に書いています。
未確認
再提出の時期、再提出時に項目が同じ内容で残るかどうか、棚上げの対象に含まれていた項目の全容は、本記事の参照日時点で公表されていません。本記事に挙げた4項目は表明時に言及されたものとして扱っており、これ以外に見送られた項目がないことまでは確認できていません。
ポリマー登録の準備はもうやめていいですか
やめるより凍結を勧めます。棚上げは撤回ではないため、再提出の可能性が残ります。自社取扱ポリマーの一覧とモノマー構成の対応表は、改正と無関係に調達リスクの把握に使えるので保管してください。外部委託や試験データの取得は、立法案が出てからで間に合います。
改正が止まったなら、SVHCの調査依頼も減りますか
減りません。候補リストへの追加はREACH本体の改正とは別の手続きで進みます。2026年9月時点で253エントリーあり、追加があれば第33条の情報伝達義務が発生します。取引先からの調査依頼の頻度は、改正の有無ではなく候補リストの更新回数で決まります。
取引先に「REACH改正で要求が増える」と案内していました。訂正すべきですか
訂正しておいたほうが安全です。訂正の文面では、改正案が提出されていない事実と、候補リストやAnnex XVIIの手続きは続いている事実の両方を書きます。前者だけを伝えると、調査依頼そのものが不要になったと受け取られます。